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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)1号 判決 1973年5月31日

原告

清水信次郎

原告

中沢しな子

右訴訟代理人弁理士

松田喬

被告

特許庁長官

三宅幸夫

右指定代理人

高須賀桂

外一名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告等訴訟代理人は「特許庁が昭和四四年一一月二四日同庁昭和四二年審判第六四八六号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二  請求原因

一、特許庁における手続の経緯

原告等は昭和三九年一二月三一日特許庁に対し意匠に係る物品を帽子とする別紙第一図記載の意匠(以下「本願意匠」という。)につき登録の出願をしたところ、昭和四二年五月三一日拒絶査定を受けたので、同年九月四日審判を請求した(昭和四二年審判第六四八六号事件)。特許庁はこれに対し昭和四四年一一月二四日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年一二月一〇日原告等に送達された。

二、審決理由の要点

本願出願前公知の外国雑誌PARIS MATCH一九六〇年四月一六日号四一頁掲載の帽子の意匠(以下「引用意匠」という。)は、倒椀状の頂部を山形に形成して本体となし、その下部周縁に外方に向つて斜降したひさしを設けた至つて普通の形のピケ帽において、本体を頂点より放射状に六分して、これを濃赤色と密柑色で交互に表わし、下部周辺(ひさしとの境)に上部と同一の密柑色をリボン状に表わし、ひさしを上部と同一の暗赤色で表わした態様のものである。(別紙第二図参照)

本願意匠は、倒椀状の本体の下部周縁に外方に向つて斜降したひさしを設けた子供の帽子などに普通見受ける普遍的な形の帽子において、本体を頂点より放射状に八分(六分とあるのは誤記と認める。)し、これを黒色と黄色で交互に表わし、下部周辺(ひさしとの境)に上部と同一の黒色からなるリボンを施し、ひさしを上部の黄色と同一の黄色で表わした態様のものである。

そこで両意匠を比較するに、両者は頂部の形状、ひさしの傾斜角度において多少相違することがあるが、何れも帽子の一種として典型的なありふれたもので特徴がなく、意匠的効果を発揮し両者が最も強く看者の注意を引く支配的要部は、これに施された模様の構成態様にあるものと認められる。よつてこの点について検討するに、両者はその本体において、頂点を中心としてこれを放射状に分割し、これを明暗二色で交互に表わし、下部周辺(ひさしとの境)にリボン状部を設け、これを本体部の二色のうち一方の色彩と同一の色彩で表わした基本的構成態様において全く酷似するものである。

ただ両者間には明暗の配色において差異が認められるが、かかる二色の配色からなる物品においては、その色彩の選択表現に当り、種々の色彩を対比させることは普通一般に行われるところであり、これがために模様の構成が変ることもなく、両者は明暗二色の組合せにおいて類型の範囲を出ないものである。また、本願意匠のリボンの結び目飾りが引用意匠には見当らないけれども、本願意匠のものは黒色であつて、リボン状部の巾と同一の巾で同じ黒色で表わされ、全周部の一部に一個、リボン部に平行して平に設けられているもので、顕著に視覚をとらえるものとは認められず、両者の前記のような構成態様の一致からみれば、その有無は微差に過ぎないものである。以上のとおりであるから、両意匠は全体として類似の範囲を出ないものと認める。

したがつて、本願は意匠法第三条第一項第三号の規定に該当し登録することができない。

三、審決を取り消すべき事由<以下略>

理由

本件の特許庁における手続の経緯および審決理由の要点が原告等主張のとおりであることは当事者間に争いがない。原告等は、引用意匠の意匠にかかる物品は帽子ではなくて前頭部の抑当板である、と主張するが、引用意匠の写真であることが争いのない乙第一号証によれば、引用意匠は帽子の意匠であると認めるのが相当であるから、原告等主張の審決を取り消すべき事由(一)は採用の限りではない。そこで、原告等主張の審決を取り消すべき事由(二)の有無について以下に判断する。

原告等が主張する本願意匠および引用意匠の各構成は、前者につき、「全体の形状をヘルメットにも鉄かぶとにも類似しない独特の楕円形のものとしている」点および後者につき、本体の全周に設けられた錏庇が「不均一巾」であることを除き、被告もこれを争わないところ、原告等はその主張する構成が全部本願意匠の要部である旨主張する。しかし、原告等の右主張は次に述べる理由により採用できない。

(一)  意匠は物品に化体し視覚を通じて美感を起させるものであるから、意匠にかかる物品の性質、用途上看者の目にふれることが期待されない部分の形状、色彩等は意匠の要部にならないことが明らかである。本願意匠は帽子の意匠であるところ、帽子の本体裏面は通常は人の目にふれることが期待されていないから、特段の主張のない本件においてはその形状、色彩は本願意匠の要部にならないと解さなければならない。

(二)  意匠法第三条第二項が異なる物品の周知意匠または周知の形状、模様等との関係で登録意匠に創作性があることを要求するのに対し、同条第一項第三号は同一物品(類似物品を含む。以下同じ。)の公知意匠(同項第一号、第二号の意匠)との関係で創作性があることを要求する規定であるから(同条第一項と第二項との関係は、この意味で特許法第二九条第一項と第二項との関係とはいささか趣きを異にする。)、同号にいう類否の判断の基準は創作性の有無であり、したがつて、出願にかかる意匠の構成のうち、意匠にかかる物品の形状、色彩等としてありふれた部分はその要部にならないと解すべきである。もつとも、意匠が物品の出所の識別標識としての機能を営むことがあることは否定できないので、意匠の類否は一般の需要者が物品の出所を混同するおそれがあるか否かを基準にして判断すべきであるとの見解が生ずることが考えられるが、意匠法は意匠を使用する者の業務上の信用の維持(商標法第一条参照)をその目的としていないし、意匠法第五条第二号は、同一物品の公知意匠と類似しない意匠であつても他人の業務にかかる物品と混同を生ずるおそれがあるものは意匠登録を受けることができない旨規定しているから、右の見解には左袒できない。却て、意匠法が意匠の創作の奨励を目的としていること(同法第一条)に鑑みれば、同法第三条第一項第三号は、同一物品の公知意匠と同一の意匠ではなくても、これとの関係で創作性の認められない意匠、すなわち、これに基づき容易に創作できる意匠は、同一の意匠に準ずるものとして意匠登録を受けることができない旨を定めたものと解するのが相当である。(なお、このように解するならば、登録無効審判請求の除斥期間を定めた意匠法第四九条と意匠登録の無効理由を定めた同法第四八条第一号、第三条とを相互に矛盾なく解釈することができる。)

これを本件についてみるに、本願意匠の全体の形状は、平面楕円形で倒椀状の本体の下部周縁に直線状に下向きに傾斜した均一巾のつば(ひさし)を設けたものであつて(この点は平面楕円形であることを除き当事者間に争いがない。)、ほかに特徴がなく、帽子としてありふれたものであることが認められる。したがつて、本願意匠の構成のうち全体の形状はその要部にならないと解さなければならない。

(審決は、本願意匠および引用意匠の全体の形状はいずれもありふれたものであるから両意匠の要部にならない旨説示しているが、出所の混同を生ずるか否かを類否判断の基準とする前叙の見解を前提とするならば、両者がそれぞれ帽子の形状としてありふれたものであつても、相互に類似し物品の出所の識別に役立たないとは限らない。この点で右説示はいささか不十分である。)

(三)  意匠は物品に化体し物品全体として美感を起させるものであるから、その類否の判断すなわち創作性の有無の判断は、全体観察による総合判断でなければならず、したがつて、両意匠を構成する一部分に軽微な差異があつても、その部分は要部にならない。そこで、前示(一)、(二)で述べた部分を除く本願意匠の構成とこれに対応する引用意匠の構成を前掲甲第二号証添附の図面および乙第一号証に基づいて対比すると、本体表面を八等分したか六等分したか、つば(引用意匠では錏庇(しころひさし))の巾が均一であるか否か(仮に引用意匠の錏庇の巾が不均一であるとしても)、リボンおよびその結着部の有無、本体表面の人体と想像される黒色模様の有無は、両意匠のそれぞれ一部分に存する軽微な差異であつて、看者の注意を惹くものではないから、これらの部分はいずれも両意匠の要部ではないことが明らかである。

前示(一)ないし(三)で述べた部分を除いて本願意匠および引用意匠をそれぞれ全体として観察すると、両意匠の要部は、本体表面を放射状に等分し、これをそれぞれ二色(本願意匠では黒色と黄色、引用意匠では濃赤色と密柑色)で交互に着色し、全周につば部(引用意匠では錏庇)を、下部周辺にリボン状部(引用意匠では間隔部)を設け、両部を前記二色で交互に着色した点であると認めるのが相当である。そうだとすると、本願意匠は、色彩の点を除き、引用意匠と酷似し、これとの関係で創作性を有しないことが明らかである。

審決は、両意匠の色彩は明暗二色の配色という限度で要部となるに過ぎないから、両意匠は色彩の点でも酷似する旨説示するが、意匠法上の意匠は「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」(同法第二条第一項)であり、色彩は明度のほか色相、彩度から成り、特に二色の配合の場合は色相が視覚を通じて生ずる美感の重要な要素であることは常識に照らし明らかであるから、両意匠の色彩はその明度のほか色相もそれぞれ要部になるものと解さなければならない。被告は、形状、模様が同一または類似で色彩のみが異なる意匠は相互に類似する旨主張するが、そのような見解は、外国の立法例のように、色彩のみが異なる意匠の実施を意匠権の侵害とみなす旨の規定(例えばドイツ意匠法第五条第二号)を欠く我が意匠法の解釈としては到底採用することができない。もつとも、二個の意匠の形状、模様が同一であるときは、たとえ色彩が異つても両者が相互に類似し、一方が他方から容易に創作することができるものと認めるべき場合があることは吾人の日常の経験が教えるところであるけれども、それには一定の限界があることもまた明らかである。

これを本件についてみるに、引用意匠における色彩の配合は濃赤色と密柑色の配合であり、明暗二色の配色であるけれども、両者の明度の差は顕著ではなく、しかも右二色は常識上同一の系統に属することが明らかであるから、これと類似し、これから容易に創作できる二色の配色は、二色の明度の差が同程度であり、しかも常識上同一の系統に属するものに限られるとすると解するのが相当である。一方、本願意匠における色彩の配合は黒色と黄色の配色であるから、明暗二色ではあるが二色の明度の差が顕著であり、黒色は無彩色であり黄色は有彩色であるから両者は同一の系統に属しないことが明らかである。そうだとすると、本願意匠における色彩の配合は引用意匠における色彩の配合と類似せず、これとの関係では創作性があるものと認めざるを得ない。

被告は黒色と黄色の配合は極めてありふれた配色であるから、これによつて本願意匠と引用意匠の類否の判断は左右されない、と主張する。しかし、前叙のとおり、意匠法第三条第一項第三号は同一物品の公知意匠との関係で創作性を要求する規定であるから、黒色と黄色の配色が帽子の意匠以外においてありふれていたとしても、これによつて本願意匠における黒色と黄色の配色が本願意匠の要部ではなくなると解すべき理由はない。しかしながら、黒色と黄色の配合がありふれた配色であることは原告等の明らかに争わないところであるばかりでなく、原告等が主張するように安全注意の意味を有し、工事現場、踏切等において広く見受けられる色彩の配合であることは当裁判所に顕著であるから、当業者がこれを帽子の意匠に転用することは極めて容易であるといわねばならない。そうだとすると、本願意匠における黒色と黄色の配合は、意匠法第三条第二項にいう出願前日本国内において広く知られた色彩の結合との関係で創作性を有しないことが明らかである。

以上判示したとおり、本願意匠は意匠法第三条第一項第三号、第二項により登録することができないものであるから、これと結論を同じくする審決は正当であつて、原告等主張の違法はない。

よつて原告等の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(石沢健 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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